洗足駅ガードをくぐると「玉手箱商店街」です。
なぜ、「玉手箱」かというと、この商店街いろんなマエストロたちが密かにいらっしゃる。
古い歴史と共にあるお店の店主のみなさん、取材をすると、とってもユニークで個性的。
玉手箱、ひっくり返したような商店街なのです。
今回は、商店街の金庫番でもある「ユタカ薬局」の二代目城所豊(きどころゆたか)さんにお話を伺いました。
金庫番というのは、お父さんの務さんは商店街振興組合の経理を長年、担当されています。
幼馴染は花屋の田丸さん
豊さんは、この地で生まれ育ち、お花屋エルシエロの田丸茂さんと同級生、幼馴染です。
もともと薬局をされていた方が廃業され、昭和50年、そのあとを引き継いだのが、薬剤師だった豊さんのお母さん啓子さんでした。
「ユタカ薬局」の店名は、豊さんの「ゆたか」なんと、お父さんが直感的に「ユタカ」がいい!と命名されたそうです。
きっと、お父さん、その時から、豊さんに未来を託そうと心に決めていたのではないでしょうか。
朝から晩まで、お店に立ち、調剤薬局を切り盛りをされている両親の姿を見て、豊さんも迷わず、薬剤師の道を目指しました。
小学校は地元の小池小学校、大森六中を卒業し、いざ、薬剤師を目指し猛勉強。
ガリ勉君かと思いきや、豊さん、小学校から地元の名門、少年野球チーム「千束ファイターズ」の内野手として活躍をされていました。

「野球は好きでした。プロ野球選手になろうなんては思わなかったですけど。中日のファンで、特に星野監督が好きでしたね〜」
「高校からは、薬剤師を目指し、野球はやめました。大学に入ってからまた、野球部」
野球がお好きなんですね〜。
薬剤師の壁は厚く、「国家試験に合格するまでが一番大変でしたね」
合格後は、薬剤師として3年間、蒲田の薬局で武者修行。
ようやく豊さんの名前の「ユタカ薬局」に2003年に実家に戻り、お母さんの後を継ぎ、店頭に立つようになりました。
豊さんの薬剤師として望むこと
薬剤師になってから、豊さんがいつも心にあるものは「薬局を訪ねる人が早く元気になってほしい」ということでした。
商店街の近くには、眼科、耳鼻科、歯科、内科と多種多様の病院があり、薬の種類も多く処方。赤ちゃんから高齢者まで患者さんの幅もめちゃめちゃ広いのです。
「薬を飲むだけではなく、生活習慣の改善のアドバイスもしています。」
私も含め、薬を求めるとき、ドラッグストアに行く人が多いのではないでしょうか。いや、「薬局」は処方箋がないと行けないところだと思ってきました。
「ユタカ薬局」の店内をよく見ると、薬やサプリメント、漢方薬が並んでいます。
「薬だけ買いにきてもいいのですか?」と思わず、聞いてしまいました。
「もちろんです!」
市販薬でも、調剤薬局で買うと、飲み方をはじめ、ちょっとしたアドバイスがもらえます。
豊さんは、これが調剤薬局の魅力であり、使命だと話してくださいました。
病院をハシゴされている方は、特に投薬の重複の心配もあり、薬剤師にきちんと
指導を受けることはとても大切だと感じました。

確かに、同じ薬でも、薬剤師の方から受け取る方が、効きそうな気しませんか?
きっと、私のように、調剤薬局は敷居が高いと感じている方、少なくないと思います。
ちょうど、私の目に入ってきたのが夏の疲れに有効な朝鮮人参のドリンク、豊さんが「試飲してみませんか」とポットのお湯を注ぎ、温かい漢方ドリンクを差し出してくれました。
飲みやすく、ほのかに香る朝鮮人参の香り。クーラーで冷えたカラダがぽかぽか。
「胃腸が弱わると、血の流れが悪くなり、体調が悪くなるんですよ、だから、この時期お、カラダを温める朝鮮人参を飲むと楽になりますよ」
こんなアドバイスを薬剤師から直にもらえると、元気になった気がしました。
次の世代へ商店街のバトンをつなごう
豊さんのお父さんは寡黙で、長年、先輩方と共に、商店街を盛り上げて来られました。
商店街の古今を見守って来られました。
「昔はもっと店も多く、学校帰りには、店先でおかえり!って声をかけられたものです」
「洗足池の花見やワゴンセールなど楽しい催しもありましたね」
これからは、次の世代が先頭に立ち、洗足池商店街を盛り上げてくださることを願いつつ、取材を終えました。
これからは、薬は調剤薬局へ買いに行きましょうね!
取材・文 タカコナカムラ